生活感想文

思ったこと感じたこと。つくりばなし

「一人」じゃなくて「自分」になったわ

世の中には、一人の時間を楽しめる人間とそうではない人間がいる。一人の時間を楽しむことができる人間は内向的なイメージがあるが、実は、外交的・社交的な人間であると思う。

 

一人の時間を楽しむためには、一人の時間をどのように楽しむ方法があるのかといった情報を集める必要がある。その手段として、友人に聞く、SNS上でコミュニケーション能力を発揮して情報を集めるという方法がある。

 

しかし、それはそもそも友人がいないとできない。私に関わる人間が片手で収まる範囲しかいない。私は、友人がいないのでそれらの方法をとることができない。一人の時間を楽しむ術を知らない。このように、そもそも友人がいないから一人の時間を楽しむ方法を知ることができない。

 

そこで、最近考えたことがある。なぜ友人がいないのか。その理由は、「人に頼る、甘えるということが下手だ」ということ「人に対して、好き嫌いを基準にして関わる人間を無意識的に選んでいる自分がいる」ことが理由であることに気が付いた。

 

「人に頼る、甘えることが下手」な理由は高すぎるプライドが、甘えた自分、へりくだる自分を許していない、許したくないからだと思う。人に対して甘える方法が、赤ちゃん返りのように、反抗期の中学生のように、バブバブ、ブンブン言う方法しかわからない。

 

また、「人に対して、好き嫌いを基準にして関わる人間を無意識的に選んでいる自分がいる」とうことは、あの人は自分の思い通りになりそうだし、実際になるからスキだ。顔がカワイイ、カッコイイからスキだといったように、ワガママ大魔神を心に住まわせていた経験から言える。そんな感じで今まで関わる人間を選別してきたように思える。

 

一人の時間を過ごしていない人間は、積極的に自分から人に声をかけている。自分からとりあえずやってみようと動いている。その力が自分には足りていないと自覚した。前々からしてたけどね。でもでも、だって、やりたくないから、守られていたいから、傷付きたくないもん。

 

一人になりたい願望は無いけれど、このように赤ちゃんみたいな考え方をし続けていると孤独になるのだと思いました。一人になりたいけれどさみしがり屋なので、一人の時間を楽しんでいるように見えて楽しめていない人間です。皆な一人の時間を楽しんでいるように見せかけて、楽しんでいない。擬態して生きていまーーーす。